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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)112号 判決

原告

山本政成

被告

特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた判決

1  原告

1 特許庁が、昭和54年審判第16081号事件について、昭和59年2月27日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和49年9月25日、名称を「太陽熱利用温水器の室内操作用バルブ」とする考案(以下、「本願考案」という。)につき実用新案登録出願をした(同年実用新案登録願第115643号)が、昭和54年10月22日に拒絶査定がされたので、同年12月20日、これに対し、審判の請求をした。特許庁は、同請求を同年審判第16081号事件として審理した上、昭和59年2月27日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年3月19日、原告に送達された。

2  本願考案の実用新案登録請求の範囲

水道接続口に逆流止弁を介して連通する給水室をバルブボデーに形成し、その給水室に出水栓で開閉自在となした出水口を開設すると共に、太陽熱利用温水器の揚水管と連通すべき揚水口を揚水栓で開閉自在となして同給水室に開設し、該揚水口の出側に連通するように同バルブボデーの下面にドレン抜き孔を設け、太陽熱利用温水器の降湯管と連通すべき湯溜室を同バルブボデーに一体に形成すると共に、その湯溜室に出湯栓で開閉自在となした出湯口を開設し、さらにその出湯口の出側と前記出水口の出側を連通させる湯水混合路を同バルブボデーに一体に形成し、該湯水混合路に連通する湯水吐出管を設けてなることを特徴とする太陽熱利用温水器の室内操作用バルブ。

3  審決の理由の要点

1 本願考案の要旨は、前項の実用新案登録請求の範囲に記載されたとおりである。

2 これに対して、実公昭45―23680号公報(以下、「第1引用例」という。)には、水道接続口に逆流止弁を介して連通する給水室をバルブボデーに形成し、その給水室に出水栓で開閉自在となした出水口を開設すると共に、湯沸器の揚水管と連通すべき揚水口を揚水栓で開閉自在となして前記給水室に開設し、湯沸器の降湯管の出湯口の出側と前記出水口の出側を連通させる湯水混合路を前記バルブボデーに一体に形成し、前記湯水混合路に連通する湯水吐出管を設けてなる湯沸器の室内操作用バルブが記載されている。

また、実公昭45―22763号公報(以下、「第2引用例」という。)には、温水器の降湯管と連通する湯溜室をバルブ本体に形成し、前記湯溜室に出湯栓で開閉自在とした出湯口を開設した温水器のバルブ装置が記載されている。

3 そこで、本願考案と第1引用例に記載されたものとを比較すると、次の3点で相違が認められるが、その他の点では両者は一致しているものと認められる。

(1)  本願考案においては、揚水口の出側に連通するようにバルブボデーの下面にドレン抜き孔を設けているのに対し、第1引用例のものの揚水口の出側にはドレン抜き孔が設けられていない点(相違点(1))

(2)  本願考案は降湯管と連通する湯溜室をバルブボデーに一体に形成し、その湯溜室に出湯栓で開閉自在となした出湯口を開設し、温水器からの降湯はその出湯口を経て、湯水吐出管に至る構成であるのに対し、第1引用例のものにおいては湯沸器からの降湯は湯沸器の導管から直接湯水吐出管に至る構成、したがつて、降湯の流出を制御する出湯栓を有さない構成である点(相違点(2))

(3)  本願考案はバルブを用いる温水器が太陽熱利用の温水器であるのに対し、第1引用例のものは一般の湯沸器である点(相違点(3))

4  そこで、右各相違点について検討する。

(1)  相違点(1)については、温水器の操作用バルブのバルブボデー中の湯、水が滞溜する個所にドレン抜き孔を設け、凍結による破損からバルブボデーを保護することは、引用例を引くまでもなく、従来周知の技術手段であり、したがつて、相違点(1)は単なる周知手段の付加にすぎない。

(2)  相違点(2)については、温水器の降湯管と連通する湯溜室をバルブ本体に形成し、その湯溜室に出湯栓で開閉自在となした出湯口を設ける技術手段が第2引用例に示されている以上、この技術手段を第1引用例に示される湯沸器の室内操作用バルブに適用することは、当業者がきわめて容易になしうることと認められる。

(3)  相違点(3)については、太陽熱利用温水器そのものは本願出願前周知のものであり、また、バルブを用いる温水器が太陽熱利用温水器であるか一般の湯沸器であるかによつて、本願考案のバルブの奏する作用効果に格別の差異が生じるものとも認められないので、この点も、当業者が適宜選択しうる設計的事項にすぎない。

5  したがつて、本願考案は、上記引用例のものに基づいて当業者がきわめて容易に考案できたものと認められるので、実用新案法3条2項により実用新案登録を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点1ないし3は認めるが、その余は争う。

審決は、本願考案と第1引用例の構成上の相違点(1)ないし(3)の判断を誤り(取消事由(1)ないし(3))、また、進歩性の判断に当たつて考慮すべき目的、効果面についての検討を怠つて進歩性を否定したものであり(取消事由(4))、違法として取り消されなくてはならない。

1 相違点(1)についての判断の誤り(取消事由(1))

審決は、温水器の操作用バルブにドレン抜き機構を設け、凍結による破損からバルブボデーを保護する手段は従来周知であるというが、従来周知の一般の貯湯式湯沸器におけるドレン抜き機構は水道からの給水管内における凍結防止のために設けられているものである(乙第1、第2号証)。これに対し、本願考案におけるドレン抜き孔は、太陽熱利用温水器に至る揚水管内における水の凍結による破損を防止するため、バルブボデーの揚水口の出側に設置されている。右の差異は、一般の貯湯式湯沸器においては、湯沸器に至る揚水管内における凍結防止を考慮する必要はない(通常、湯沸器自体室内にあり、揚水管が外気に触れることもなく、かつ揚水管自体短いもので、同管内における凍結はあまり考えられない。)のに対し、太陽熱利用温水器においてはむしろ当該温水器に至る揚水管が主に室外にあつて外気にさらされ、しかも長いものであることから、同管内の水の凍結の防止が最重要であることによる。

このように、ドレン抜き機構を設ける必要上の差異からこれを設ける位置が相違するのであるから、従来周知の一般の貯湯式湯沸器のドレン抜き機構を、太陽熱利用温水器における揚水管内の凍結防止のためバルブボデーの揚水口の出側に利用することは、従来技術においては太陽熱利用温水器の揚水管のドレン抜き機構は室外における揚水栓付近に別途に設けられていたことから考えても、格段の工夫をもつてしか考案できないことである。なるほど、乙第2号証のものにおいては、温水器への給水管中の水抜き作用をも有する水抜栓が示されているが、それは出水管のタンク内上部に位置する部分に設けられた空気孔と関連して作動するものであり、本願考案におけるドレン抜き孔とは異なる。

以上のとおり、太陽熱利用温水器におけるバルブボデーの凍結による破損を防止するためのドレン抜き機構については、室外の揚水栓付近に別途に設けられていたのが従来技術であり、太陽熱利用温水器における室内操作用バルブにドレン抜き機構を設けたのは本願考案が最初であつて、それは単なる周知手段の付加にすぎないものではない。これを単なる周知手段の付加にすぎないとした審決の判断は誤りである。

2 相違点(2)についての判断の誤り(取消事由(2))

審決が相違点(2)の判断において引用する第2引用例に示された装置は給湯バルブ本体と給水バルブ本体とをそれぞれ別体に形成してなるものであり、本願考案のように両者を一体のバルブボデーに形成したものではない。したがつて、第2引用例に示された技術手段を第1引用例に示される湯沸器の室内操作用バルブに適用するといつても、両引用例を単に寄せ集めれば本願考案が構成されるものではなく、そこには新らたな技術思想の介在が不可欠なものである。

すなわち、本願考案の効果として本願明細書に記載されている効果中、「(1)浴室、台所等の既存の水道の蛇口を本考案に係る室内操作用バルブに付け替え、太陽熱温水器へはこの室内操作用バルブから揚水管と降湯管を接続するだけで工事が完了できるので、水道配管の手なおし工事等は必要とせず工事費が大幅に軽減される。」(甲第5号証(補正)明細書5頁18行ないし6頁3行)、「(3)単一体で太陽熱温水器への水の補給、その温水器によつて暖められた湯の使用、及び湯・水の混合使用、水の単独使用ができる。従つて浴室、台所等に設置すれば1個所でその太陽熱温水器の操作ができ使用上便利であると共に、湯・水の混合使用によつて常に適温の湯が使用できる。(4)従来のように2個のバルブを必要としないので、別々に製作するよりも製造原価が低減でき、太陽熱温水器の設置コストが安価になる。」(同6頁8ないし18行)との効果を奏し、本願考案の太陽熱利用温水器の設置を容易にしその促進をはかるという目的を達成するためには、第1引用例に対して第2引用例の技術思想を右目的を達しうるように有機的に組み合わせなければならないのであつて、本願考案の右目的自体が右各引用例によつて何ら明らかにされていない以上、その有機的組合せは当業者といえども容易にできる範ちゆうのものでないことは明らかであり、その組合せに考案としての進歩性が認められてしかるべきものである。

被告は、第2引用例に開示された公知の技術手段を第1引用例に適用することによつて、右の効果は当然に期待しうるものであるから、当業者がきわめて容易になしうることとした審決の判断に誤りはない旨主張する。しかしながら、第1引用例は、第2引用例のような貯湯式湯沸器に関するものでなく、「熱湯を供給する時には、該導入孔を閉じて他方の導孔を開くと水は導入室から弁室内に入り、導管を通つて湯沸器で暖められ熱湯となつて本体の供給室内へ流入し、蛇口を通つて外部へ排出される」(甲第2号証2欄18行ないし23行)構造を持つもので、いわゆる瞬間湯沸器用のバルブに関するものであり、かような瞬間湯沸器のためのバルブには貯溜のために必要な構成は全く不必要なものである。したがつて、貯溜のための構成を全く予定しない第1引用例に示される室内操作用のバルブに、第2引用例の一般の貯湯式湯沸器のためのバルブに示された貯溜のための構成を適用することは、本来考慮される余地のないことであるのに、この点を当業者がきわめて容易になしうると判示する審決の判断及び被告の主張は、第1引用例と第2引用例とについての右の大きな構造上の相違を看過するもので、失当である。

また、第1、第2引用例とも本願考案とは技術領域を異にするものであり、第1、第2引用例も、特許分類でいえば第1引用例が「弁」であるのに、第2引用例が「液体加熱装置」であるというように、別の領域に属するものであるから、その2つの組合せ及びその太陽熱利用温水器の分野における利用は容易になしうるものでない。

右のとおり、第1引用例に第2引用例の貯湯のための技術手段を適用することは、本来検討される余地もなく、ましてや当業者において容易になしうるものでない状況において、本願考案は太陽熱利用温水器のための室内操作用バルブに降湯管と連通する湯溜室を形成し、同室に出湯栓で開閉自在とした出湯口を設ける構成のほか、水道からの水を導く給水室を形成し、一方では、同室に出水栓で開閉自在となした出水口の構成を設け、他方では、同室に太陽熱利用温水器への揚水管と連通する揚水栓で開閉自在となした揚水口の構成を設けて給水・揚水・降湯の3機能を一体としてコンパクトにした室内操作用バルブを提供するもので、その組合せには格段の工夫と進歩性が認められるものである。ことに、従前の太陽熱利用温水器におけるバルブが、給水のためのバルブ、揚水のためのバルブ、降湯のためのバルブと3つに別体に構成され、しかも、揚水のためのバルブは室外に設置されていた現状からいつても、また、一般の貯湯式湯沸器の給湯装置においては第2引用例に示されるような給水・揚水・降湯の3機能を含む構成はあつたにしろ、第2引用例の「考案の詳細な説明」欄に記載されているように、大型のため、一体成形とした場合、製造価格が高いほか、組立が困難をともなうものであつた現状からしても、本願考案がそれらの機能を有するコンパクトな室内操作用バルブを提供し、その結果、製造原価の低減、取付工事の容易さ、費用の軽減、利用の便益性等の効果をもたらしたものであり、そこに進歩性・考案性が認められるものである。

3 相違点(3)についての判断の誤り(取消事由(3))

本願考案のバルブを一般の湯沸器に取り付け利用することは不可能であり、また、反対に、仮に第1引用例のバルブを太陽熱利用温水器に取り付けたとしても、第1引用例の操作用把桿を操作して湯を吐出させることはできない。第1引用例は、一般のしかも瞬間湯沸器のためにしか利用できないものであり、太陽熱利用温水器に利用することが単に当業者が適宜選択しうる設計的事項にすぎないとした審決は誤りである。

被告は、第2引用例に代表される一般の貯湯式湯沸器も太陽熱利用温水器も、ともに揚水された水が必要な温度に昇温するまで、その水を貯溜させなければならない点で同一であり、したがつて、貯溜のために必要な構成すなわち昇温のための水の貯溜を保持するため末端のバルブ本体において、降湯管と連通する湯溜室を形成し、同室に出湯栓で開閉自在となした出湯口を設ける構成を持つバルブであれば、一般の貯湯式湯沸器にも太陽熱利用温水器にも共に利用可能であるとする。なるほど、一般の貯湯式湯沸器においても、太陽熱利用温水器においても、そのバルブにおいて降湯管中の湯水を保持するためかかる出湯栓等の構成が必要であることは右のとおりであるが、本願考案の「太陽熱利用温水器の室内操作用バルブ」は、かような構成のみならず、それに加えて、水道からの水を導く給水室を形成し、一方では同室に出水栓で開閉自在となした出水口の構成を設け、他方では同室に太陽熱利用温水器への揚水管と連通する揚水栓で開閉自在となした揚水口の構成を設けることにより、太陽熱利用温水器のためそれら構成が一体となつたバルブを提供し、本願明細書に記載されているとおり顕著な作用効果をもたらすものであるから、その一部の構成のみを切り離して、それが一般の貯湯式湯沸器、太陽熱利用温水器共に利用可能であり、作用効果に格別の差異を生じるものではないとする被告の主張は失当である。

4 進歩性の判断の誤り(取消事由(4))

本願考案は、前記の3つの作用効果に加え、「(2)バルブボデー下面に揚水口の出側に連通するドレン抜き孔を設けてなるので揚水管中に別途にドレン抜き装置を付設しなくとも、凍結による破損事故が防止できる。」(甲第5号証(補正)明細書6頁4ないし7行)との作用効果を合わせ有するので、太陽熱温水器の設置を簡単ならしめるとともに使用上の便利さをも追求でき、太陽熱温水器の設置を大いに促進させるものであつて、ひいては現状我国の緊急課題であるエネルギーの節約に大いに寄与でき、また寄与してきたものである。本願考案の目的は、太陽熱利用温水器の設置を容易ならしめその利用を促進することにあるが、本願出願前において、このような目的を達成すべく考案された太陽熱利用温水器の室内操作用バルブはなく、また、その目的を達成するため本願考案のような顕著な効果を奏するものはない。このことは、本願考案の実施品がいかに需要者に受け入れられたかをみても明らかである。すなわち、本願考案の実施品は、昭和51年原告が代表者を勤める訴外株式会社山本製作所において製作を開始して以来、矢崎総業(株)、三洋電機(株)、積水化学工業(株)、日立化成工業(株)、サンウエーブ工業(株)、シヤープ(株)、ゼネラル(株)、(株)長府製作所、天龍工業(株)等国内の主要な太陽熱利用温水器メーカーにその取付部品として採用され今日に至つているものである(甲第8ないし第15号証)。このように本願考案の実施品の普及程度を示す資料は極めて客観的なものであり、かような客観的資料からいつても、本願考案ことにその目的、効果面における顕著性は明らかで、本願考案の進歩性を示すものと考える。

ちなみに、甲第6号証(実公昭58―10887号公報)は、本願考案が実用新案登録出願されてから6年余りも後に、訴外伊奈製陶株式会社が実用新案登録出願した太陽熱温水器用湯水混合水栓の公告公報であるが、当該公報記載の水栓と本願考案とは全く同一のものである(甲第17号証の1ないし5)。本願考案と同一の考案が、本願考案よりも6年余りも後に出願されて何らの拒絶理由通知を受けることなく公告されていることは、本願考案についてもその進歩性が認められる1証左である。

審決は、本願考案が右のような顕著な作用効果を奏するものであることを全く参酌することなく、前記引用例との構成上の相違のみを単純に比較して当業者においてきわめて容易に考案できたものと速断し、本願考案の進歩性を否定したものであつて、その判断が誤りであることは明らかである。

第3請求の原因に対する認否、反論

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。同4の主張は争う。

2  審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1 取消事由(1)について

乙第1号証の公報には、バルブボデーの揚水口の出側にドレン抜き機構を設けたものは図示されていない。しかし、同公報4欄8ないし10行に、室4(本願考案でいう揚水口の出側に相当する)にもドレン抜き機構を設けうる旨の記載があるから、これに、揚水口の出側に連通するようにバルブボデーの下面にドレン抜き孔を設けることが開示されているということができる。

また、乙第2号証の公報には、温水器への給水管(本願考案でいう揚水口の出側に相当する位置に設けられている)中の水抜き作用をも有するドレン抜き機構が示されている。そして、一般に、ドレン抜きを有効に行うために、ドレン孔よりも水頭の高い部位に、真空破壊の目的から空気孔に相当する開口が存在する必要があることは自明であるから、空気孔に関する記載があつても、それが本願考案におけるドレン抜き孔に相当することには変りはない。したがつて、本願考案に示されるドレン抜き機構は従来から周知であるという本件審決における認定は正当である。

そして、周知の技術手段と他の技術手段との組合せに進歩性が認められるためには、その組合せたことにより、周知の技術手段が元来持つ効果に加え、新たな効果が生じることが必要である。しかるに、本願考案において、室内操作用バルブボデーの下面にドレン抜き孔を設けたことによる効果は、「揚水管中に別途にドレン抜き装置を付設することなく、凍結による破損事故が防止できる」(甲第5号証(補正)明細書6頁4行ないし7行)点にあり、その効果は、従来周知の室内操作用バルブにドレン抜き機構を設けるという技術手段の持つ効果(たとえば、乙第2号証4欄9ないし17行)と同一であり、それ以外の新たな効果を生じるものとは認められない。してみれば、室内操作用バルブにドレン抜き機構を設けるという従来周知の技術手段を、太陽熱利用温水器の室内操作用バルブボデーに、同様の目的をもつて組合せる点に進歩性は認められないものというべく、その点について、単なる周知手段の付加にすぎないとした審決の判断は正当である。

2 取消事由(2)について

審決においては、第2引用例に開示される技術手段のうち、特に、温水器の降湯管と連通する湯溜室をバルブ本体に形成し、その湯溜室に出湯栓で開閉自在となした出湯口を設ける技術手段に着目し、その技術手段を第1引用例に示される湯沸器の室内操作用バルブに適用することは当業者がきわめて容易になしうるとしているのであつて、第2引用例に示される給湯バルブ本体と給水バルブ本体とをそれぞれ別体に形成しそれらを連結することによつて一連とした給水混合バルブそのものを第1引用例に示される湯沸器の室内用操作バルブに適用するといつているのではない。

第1引用例中に図面とともに開示されているバルブ装置は、その構成からみて、いわゆる瞬間湯沸器型の温水器に用いることを予定しているものと解されるが、湯沸器の形式として、瞬間湯沸器型とともに、いわゆる貯湯形式の湯沸器があり、さらに、貯湯式湯沸器に用いるための湯水混合バルブとして貯湯のための特定の構成を有するバルブが本願出願前に知られていたことは、第2引用例の存在から明らかである。そして、太陽熱利用温水器が貯湯式温水器の1形態であり、貯湯形式の湯沸器であれば、そこに用いる湯水混合のためのバルブには貯湯のための何らかの構成を組み入れる必要のあることは必然の要求であることを合わせ考えれば、第1引用例に示されるバルブが貯湯のための構成を予定していないとしてもこれを冷水と温水を適宜混合する機能を有する弁として把握し、そこに、貯湯のために必要であることが明らかな課題を果すべく第2引用例に開示される貯湯のための構成を適用することは、当業者がきわめて容易になしうることをいうべきである。

そして、第2引用例に開示された公知の技術手段を第1引用例のものに適用することによつて、原告の主張する本願明細書に記載された(1)(3)(4)の効果は当然期待しうるものである。したがつて、この点については、当業者がきわめて容易になしうることとした審決の判断に誤りはない。

原告は、第1、第2引用例とも本願考案とは技術領域を異にすると主張するが、「太陽熱利用温水器」が「液体加熱装置」の1態様であることは明らかであり、また、液体加熱装置が液体の流れの断続等のために「弁」手段を用いていることも明らかである。してみれば、太陽熱利用温水器に係る当業者にとつて、「液体加熱装置」の技術分野と「弁」の技術分野とは、関連性の大きい技術分野というべく、両分野の技術手段を組合せることは、必要に応じきわめて容易になしうるものと解すべきである。

3  取消事由(3)にいて

電気、ガス、石油等を用いた一般の貯湯式湯沸器は、揚水された水が必要な温度に昇温するまで、その水を貯溜させなければならず、その点は、太陽熱利用温水器においてと同様である。したがつて、貯溜のために必要な構成(すなわち、温水器の降湯管と連通する湯溜室をバルブ本体に形成し、その湯溜室に出湯栓で開閉自在となした出湯口を設ける構成)を持つバルブであれば、そのバルブを太陽熱利用温水器に用いることも、右の一般の湯沸器に用いることも、共に可能であり、いずれに用いる場合にも、そのバルブとしての奏する作用効果に格別の差異を生じるものではない。とすれば、この点について、当業者が適宜選択しうる設計的事項にすぎないとした審決の判断に誤りはない。

4  取消事由(4)について

以上に述べたとおり、本願考案につきその進歩性を否定した審決の判断に誤りはない。

原告主張のように、本願考案に係るバルブが多数用いられていることが事実としても、そのことと本願考案の登録性の有無とは直接の関係はない。また、甲第6号証に記載された考案に関する原告主張事実は認めるが、この事実も本願考案の進歩性の有無と関係はない。

第4証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実及び本願発明の要旨が審決認定のとおりであること、第1、第2引用例にそれぞれ審決認定の記載があること、第1引用例と本願発明との間に審決認定のとおりの一致点相違点があることは、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の審決取消事由について検討する。

1 取消事由(1)について

右当事者間に争いのない本願考案の要旨と成立に争いのない乙第1号証によれば、本願出願前わが国において頒布されたことが明らかである実公昭47―2315号公報には、給水栓本体1(本願考案のバルブボデーに相当する。以下のかつこ内も本願考案における対応する部分を示す。)に設けた室3(湯水混合路)の下壁部に取付孔19(ドレン抜き孔)を穿設し、これに凍結防止弁18を装着し、室3と室2(給水室)を連通する小孔6を設け、必要な場合凍結防止弁18を開いて給水栓本体内部の水を抜くことのできる温水器用給水器(温水器の室内操作用バルブ)が記載されていることが認められ、また、同公報には「尚室4の残留水も完全に抜く装置を付属すればより一層水抜き性をよくすることもできる。」との記載があり、本願発明の揚水口の出側に相当する室4にドレン抜き孔等の水を抜く装置を設けることを示唆していることが認められる。さらに、前示本願考案の要旨と成立に争いのない乙第2号証によれば、同じく本願出願前わが国において頒布されたことが明らかである実公昭47―11658号公報には、屋内に設けた給水栓7(バルブボデー)の流水室A(給水室)内に水抜き栓25(ドレン抜き孔)を設けて、給水栓内の水とこの給水栓から温水器1への配管内の水を抜き取ることができるようにし、水の凍結によつて各部が破壊されることのないようにした温水器が記載されていることが認められる。

右事実によると、温水器の操作用バルブのバルブボデー中の湯又は水か滞溜する個所にドレン抜き機構を設け、凍結による破損からバルブボデー及びこれに連通する管を保護する技術手段は、本願出願前周知の技術手段と認められ、この周知の技術手段を太陽熱利用温水器の室内操作用バルブに適用することは、当業者がきわめて容易になしうる程度のことと認められる。

原告は、乙第1、第2号証の公報に示される一般の湯沸器においては揚水管内における凍結防止を考慮する必要がないのに対し、太陽熱利用温水器においては揚水管内の水の凍結防止が最重要であり、この必要上の差異から、右一般の湯沸器において給水管内に設けられているドレン抜き機構を太陽熱利用温水器において揚水口の出側に利用することは格段の工夫をもつてしか考案できない旨主張する。しかしながら、水の凍結防止のためドレン抜き機構を設ける場合、水を抜く必要のある個所の下部にこれを設けることが通常の手段であることは、前示認定の事実から明らかであるから、太陽熱利用温水器において最重要である揚水管内の水の凍結を防止するため、この揚水管の下部に当たる揚水口の出側にドレン抜き機構を設けることは、当業者が随意に選択できる設計事項の範囲を出ない程度のことと認められ、また、ドレン抜き機構を設けたことによる作用効果として原告の主張する「揚水管中に別途にドレン抜き装置を付設しなくとも、凍結による破損事故が防止できる。」(請求の原因4、甲第5号証(補正)明細書6頁5ないし7行)との点は、右の構成により当然期待できる作用効果であつて、特別顕著な作用効果ということはできないから、右の構成を採用することを原告主張のように格段の工夫をもつてしか考案できないものということはできない。

したがつて、本願考案が太陽熱利用温水器の室内操作用バルブに関するものであり、右乙第1、第2号証の公報に示されるバルブが一般の湯沸器に関するものであることを考慮に入れても、相違点(1)についてこれを単なる周知手段の付加とした審決の判断に誤りはなく、原告の取消事由(1)の主張は理由がない。

2 取消事由(2)ついて

前示本願考案の要旨と成立に争いのない甲第3号証によれば、第2引用例には、落下式電気温水器の給湯装置として、給水バルブ本体9と給湯バルブ本体14を別体に形成し、給水バルブ本体9には、水源に接続する注水口13(本願考案の水道接続口に相当する。以下のかつこ内も本願考案における対応する部分を示す。)に連通する部屋(給水室)を形成し、この部屋に水バルブ11(出水栓)で開閉自在とした口(出水口)を開設すると共に、電気温水器のタンクの受水管(揚水管)に接続する給水口12(揚水口)を給水バルブ10(揚水栓)で開閉自在として右部屋に開設し、一方、給湯バルブ本体14には、電気温水器のタンクの出湯管(降湯管)に接続する給湯口18を開設した部屋17(湯溜室)を形成すると共に、この部屋17に給湯バルブ16(出湯栓)で開閉自在とした口(出湯口)を開設し、この口の出側に部屋19(湯水混合路)を形成し、この部屋19に連通する蛇口8(湯水吐出管)を設け、そして、給水バルブ本体9の水バルブ11を設けた口の出側と給湯バルブ本体14の部屋19を連通させるように接続管で接続した構成のものが示されていることが認められる(別紙第1、第3図面)。

この第2引用例の給湯装置と前示本願考案の要旨に示される室内操作用バルブを対比すると、第2引用例のものは、給水バルブ本体と給湯バルブ本体を別体として形成し、両者を接続管で接続する点で、バルブボデーに全体を一体に形成した本願考案のものとは異なるけれども、ドレン抜き孔を除く本願考案の各構成にそれぞれ対応する構成を有していることが認められる。そして、成立に争いのない甲第5号証及び前示甲第3号証によれば、右両者は、温水器のタンクへの給水、蛇口(湯水吐出管)からの水、湯又は湯水の混合水の吐出を各バルブの開閉で自在に行うことができる点においても異なるところはないことが認められる。そして、前示甲第3号証によれば、落下式電気温水器の給湯装置として、右第2引用例に示される各構成を有する給水バルブ本体と給湯バルブ本体を一体として形成したものがすでに存在し、第2引用例に示される考案はこれを特に給水バルブ本体と給湯バルブ本体とに別けて形成したものであることが認められるから、両者を一体として形成した上、落下式電気温水器と同じく降湯の流出を制御する出湯栓を必要とする太陽熱利用温水器に、右第2引用例に示される技術手段を適用することは当業者にとつて格別の困難はないというべきである。

したがつて、第1引用例のものと本願考案との相違点(2)に関し、第1引用例のものに第2引用例に示されている温水器の降湯管と連通する湯溜室をバルブ本体に形成し、その湯溜室に出湯栓を設ける技術手段を適用し、第1引用例のバルブ(別紙第2図面参照)の供給室3(給水室)を仕切つて湯溜室を形成し、これに出湯栓を設けて本願考案の構成とすることは、審決認定のとおり、当業者であればきわめて容易になしうる程度のことと認められる。また、右の適用により、原告が主張する本願明細書に記載された(1)(3)(4)の効果は当然奏しうることが明らかであり、これ以上に、第1、第2引用例の組合せから予期できない顕著な効果が生じることは、本件全証拠によつてもこれを認めることができない。

原告は、第1、第2引用例とも本願考案と技術領域を異にするものであると主張する。しかし、本願考案の太陽熱利用温水器は液体加熱装置の1態様であるから、この点で第1引用例の瞬間湯沸器又は第2引用例の落下式電気温水器と技術領域を同じくするものであり、熱源が太陽熱であるか電気熱であるかの差異によつて技術領域を異にすると認めなければならない理由はない。また、液体加熱装置につき、その給水、出水、出湯のため弁手段を用いなければならないことも明らかであるから、当業者にとつて液体加熱装置と弁との組合せは当然に考慮しなければならないことがらであつて、原告主張のように、第1引用例が特許分類上「弁」に、第2引用例が「液体加熱装置」に属するとしても、この点が当業者にとつて第1引用例と第2引用例を組合せることの妨げとなるものとは認められない。その他原告が取消事由(2)で主張するところは、前示の説示に照らし採用することができない。

3  取消事由(3)について

原告は、第1引用例のものは一般の瞬間湯沸器のためにしか利用できないと主張するが、第1引用例の熱湯、温水、冷水供給用自在水栓も本願考案の室内操作用バルブも液体加熱装置のための弁であることは、右2に示したことから明らかであり、したがつて、第1引用例に示される水栓の技術手段を本願考案の太陽熱利用温水器の室内操作用バルブに適用することは、当業者が適宜選択できる設計的事項であると認められる。

また、第2引用例に示される落下式電気温水器の給湯装置が、降湯の流出を制御する出湯栓を必要とするものであつて、本願発明のバルブに対応する各構成を具備したものであることは、前叙のとおりである。そして、第1、第2引用例の技術手段を組合せて本願考案の構成とすることが当業者にとつてきわめて容易になすことができる程度のものであり、本願考案の効果が右組合せたことから当然期待できる効果以上のものと認められないことは、右2に述べたとおりである。

したがつて、審決が相違点(3)につき、バルブを用いる温水器が太陽熱利用温水器であるか一般の湯沸器であるかによつて、本願考案のバルブの奏する作用効果に格別の差異が生じるものではなく、相違点(3)は当業者が適宜選択しうる設計的事項にすぎないと判断したことは相当である。

4  取消事由(4)について

本願考案が第1、第2引用例及び周知技術を組合せることにより当業者がきわめて容易に考案できたものと認められ、その効果もこの組合せから当然期待できる程度以上のものでないことは、以上に述べたとおりである。

原告が主張する本願考案の実施品の普及度が仮に原告主張のとおりであるとしても、このことは本願考案の進歩性を間接的に推測する資料となるに過ぎず、直接前示判断を覆えすに足るものということはできない。また、実公昭58―10887号公報(甲第6号証)に記載された考案に関する原告主張事実は当事者間に争いがないが、この事実も前示判断を覆えすに足りないことが明らかである。

したがつて、取消事由(4)の主張は失当というのほかはない。

5  以上のとおり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にこれを取り消すべき違法の点は見当らない。

3 よつて、原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(瀧川叡一 牧野利秋 清野寛甫)

〈以下省略〉

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